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私は現在発達障害の支援の仕事をさせていただいています。


ただ、なかなか仕事には慣れず、発達障害の支援の難しさを日に日に実感しています。


発達障害の支援が難しい理由についてですが、私自身が彼らを「発達障害」というカテゴリーで見てしまっているところがあるからではないかと思います。


もちろん、「発達障害」という視点で見ることは大切です。

そこに彼らの生きづらさ、適応のしにくさがあり、そこを理解してくためには、発達障害と言う視点は非常に必要だと思います。


しかし、一方で、その発達障害にとらわれ過ぎていた自分もいたと反省しています。


この子自身の苦しさやしんどさに寄り添うという支援、この子がどうすれば楽しく生きれるかという支援、その上でこの子が生きていくために何を伝えていかないといけないかという支援。。。。


もっと幅広く、深く、この子のことを考えていくことがとっても必要なんだと思います。


そのためにはもっと勉強と修行が必要です。

子どものために自分に何ができるか、そして自分がどうあるべきか・・・


これをしっかりと見つめなおして向き合うことが今後の自分に必要なのだと、今の仕事を通して思いました。

今の仕事はまだ2か月も経っていないですが、ようやくスタートが見えてきたような気がします。


毎日何かを持って帰りながら、日々の子どもとの関わりを通して、自分の臨床力と人間性を上げていきたいと思います。


ここまで読んでいただいてありがとうございました。







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2017.04.27 Thu l 発達障害 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは。

いかがお過ごしでしょうか。

私は3月より新しい仕事に携わっております。
まだまだ慣れない状況が続いていますが、何とか元気でやっている状態です。
周りの人たちもいい人が多く、恵まれた環境で仕事をさせていただけることに本当に感謝です。

さて、今回は療育についてお話したいと思います。

療育とは字の通り、「治療」と「育てる」というのが合体した言葉です。
この療育という言葉は10年以上前にはすでに出てきていたものですが、なかなか誤解の多く、支援者でも理解できていない人もいるようです。

最近は療育プログラムとかが発達障害の現場ではたくさん出ており、正直「療育って何なの?」という声をよく聞きます。
単なるトレーニングと同じだと思っている専門家もいますからね。

療育とは、「問題行動の原因を医学的に見定めて、その原因に応じた支援方法を立てて、改善していく」ということです。

例えば、授業中に教室を飛び出してしまう子どもがいるとします。
いくら叱ってもやはり教室を飛び出しており、叱責はあまり効果がありません。
ここでまずは授業を飛び出す原因を考えていきます。

もしかすると、授業の見通しややるべきことが理解できていないことが原因かもしれません。
また、体が衝動的に動いてしまい、そのために教室から出てしまうためかもしれません。
直前の様子を観察すると、友達に嫌なことを言われて、それで感情のコントロールがつかなかったのかも。
休み時間からの気持ちの切り替えがなかなかできないのが原因かも。
授業内容が理解できず、手持無沙汰になったからかもしれません。

と、いろいろ原因を考えていきます。
そして、それが原因かを特定していきます。

すると、その子は自閉症スペクトラム障害の傾向が強く、授業の見通しが持てないために、どうしていいのかわからないから、教室を飛び出す傾向があるのだということが見えてきました。

となると、授業の見通しと、どうすればいいのかがわかれば教室から飛び出すことがぐっと減るはずです。

また、その子は言葉での説明が全く入らないということがわかってきました。

口頭での注意が効果なかったのも納得です。

そこで、上記の原因に対して、次のようなプランを立てます。

まず、黒板の横に授業の時間とするべき行動を紙で貼り付けておくこと。
休み時間が終わるころに、その子の目を見ながら、授業ではこういうことをするということを個別に声掛けをすること。
そして、授業が終わるまで机に座っていたら、シールを挙げて「できた」という感覚を具体的に持たすこと。

こういうプランを実行していった結果、その子は教室への飛び出しどころか、席を離れることすらなくなりました。

※上記はあくまで架空の事例です。

このように療育とは、問題行動の核となる原因を見定めて、治療プランを立てて実行することで、行動の改善を図るということを指すのです。

ここで大切なのは、何といっても問題行動の原因をしっかりと理解すること。
私は臨床心理士なので、行動療法的に見てしまうのですが、他にも医学的・脳機能的な面から原因を見たり、感覚統合の面から原因を推定する方法もあります。もちろん、心理面から分析をすることもあります。

繰り返しになりますが、原因を特定したうえで、その原因に合ったプランを立てて、改善を図っていくことが療育なのです。

以上、療育について簡単にお伝えしました。




↑漫画形式で書かれているので、初めての方はもちろん、お母さんや学校の先生でもとっくみやすい内容となっています。それなのに書かれている内容はプロもうなるほど専門的で実践的です。
最近読んだ中でおすすめの療育の本です。

2017.03.13 Mon l 発達障害 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんばんは。
今日はかなり冷え込んでいますね。私は今から東京に行くのですが、無事に行けるかどうか、帰ってこれるかどうかかなり不安です。

さて、今日お話ししたいのは、「発達障害という言葉に惑わされない」ということです。

特に自閉症スペクトラムやADHDといった一昔前の軽度発達障害と呼ばれる発達障害は、かえって発達障害という診断がついたことで、悪影響を与えてしまったケースが多々あります。

例えば、アスペルガーの空気を読めないという部分ですが、これを「障害だから仕方がない」と放っておくと後々大変なことになります。
しかし、「障害だから直そう」と思うと逆に悪化してしまうところがあります。

この考え方がまずいのは、「障害だから」と障害という視点だけでしか子どもを見ていないところです。

子育て、教育というのは、子どもそのものをしっかりと見つめないとできません。
アスペルガーやADHDの子どもの支援というのは単なるノウハウでは難しいところがあります。
本の通りにやってもうまくいかない・・・なんてことはよくある話です。

それもそのはずで、これらは「本の通りにすれば子どもが上手くいくんだ」という考えと同じことで、本の通りに子育てができるはずがありません。

日々、子どもと接し、その中で子どもとの人間関係を育み、それらを土台にして子育てができるというもの。
発達障害という視点だけで子どもを捉えると、子どもの良いところや思い、頑張っているところなど、その子自身が見えなくなります。

そうなると、子どもとの関係が悪化し、より一層子どもは自分の殻の中に閉じこもるようになります。
これが「障害だから」という考えが非常にまずい理由なのです。

まずは、障害という視点をいったん脇に置いて、その子自身を見つめてみましょう。
その子が今何を頑張っているのか、良いところはどこか、何を思っているのか、それをしっかりと感じ取るようにしましょう。

有能な医師や教師ほど、この感覚が非常に優れています。
その上で発達障害という診断名をうまく使いこなしているのです。

発達障害という診断名は、その子自身の困り感や行き詰っているところを支えるために使うためのものです。
(例えば、診断名が出てお薬を貰うことで子どもが頑張りやすくなった、アスペルガーのところを見て視覚的に捉えるのが得意だから、視覚的な情報を使ってわかるようにしよう・・・など)

しかし、その子の困り感がわからないと、まず何もすることができません。
むしろその子にとって邪魔でしかないのです。

まずは、子どもの困り感を理解することから始めてみましょう。
それが子どものより良い支援につながり、社会性を養うことにもつながるのです。
2017.02.09 Thu l 発達障害 l コメント (0) トラックバック (0) l top
皆さん、今日はいかがお過ごしでしょうか。

私は10月19日に、行動療法(応用行動分析)の研修会に参加してきました。

結論を言いますと、久々に興奮しました。
とても面白かったし、かなり実践的で、明日からでも使えそうなものばかりでした。

研修会の講師は、嶋崎まゆみ先生で兵庫教育大学の准教授をされているそうです。

先生のお話は非常に事例豊かで、子どもたちのより良い未来を目指しておられ、臨床家の姿勢としても大いに学ぶところありで大変勉強になりました。

さて、行動療法、今でいう応用行動分析ですが、これは「子どもに学習させる」というイメージが強く、私としてはどうしても使うことがあっても敬遠していました。
何か、「こういう風に条件づければ、子どもがこう変わる」というイメージで、コントロールする意味合いが強かったんですね。「ご褒美を与えて、子どもをどんどんやる気にさせよう」という感じがあって、どうも好きじゃなあいなあというのが私の感想でした。

ただ、島崎先生の応用行動分析の話を聴いて、「応用行動分析は、子どもの頑張り方を『行動』という視点から分析して、もっと頑張りやすい方法を一緒に考えて工夫していくものなんだ」と改めて認識が変わました。

子どもを頑張らせるように仕向けるのではなく、子どもが頑張りやすいよう大人たちが工夫していくのが、行動療法であり、応用行動分析だったのです。

これは「過去と他人は変えられない」「変えられるのは自分の行動だけ」という選択理論の考え方と見事に一致していて、「なるほどなあ」と久々に脳がフル回転していました。
結局子どもを変えるのではなく、大人たちが変わることで子供たちがもっと変わっていくんですね。

その工夫の仕方やノウハウが応用行動分析、行動療法にたくさん含まれているんだと思いました。

当面は行動療法の研究や勉強に没頭したいともいます。


↑昔、行動療法を勉強する際に大変お世話になった本です。
勉強しなおすために、もう一回読み直しています。上記の本は事例も多くて大変わかりやすいので、初心者の方にも大変お勧めです。



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2014.10.22 Wed l 発達障害 l コメント (0) トラックバック (0) l top
発達障害という診断名は学校や医療現場などで、簡単に使われるようになりました。
あなたはADHDだ、あの人はアスペルガーだ、私はLD(学習障害)だ…などなど。発達障害が市民権を持って幾月か経っています。

ちなみに、私は今日は障害を持ったお子さんの療育の仕事をしてきました
障害と言っても軽微なものではなく、特別支援学校に行っているような子供が対象の仕事です。言葉がしゃべれない、パニックになったら手がつけられないようなお子さんと関わっています。ダウンや重度の自閉症のお子さんとも関わります。その中で、子どもに合った療育プランを適宜考え、実践しています。

そうした子どもたちと関わっていると、気軽に発達障害と呼んでしまう風潮にどうしても疑問を感じずにはいられません。
障害と呼ぶ場合、それは仕事や日常生活で支障が出るものを指します。

例えば、肢体不自由という障害は、移動や日常生活に確実に支障が出てきます。
だから車いすというフォローが必要なのです。

困った子=発達障害ではありません。
が、「困った子=発達障害だから」という風潮は学校現場や医療現場でもかなり見られます。
(まあ、気持ちはわからないでもありませんが・・・)

例えば、教室で暴れる子に、すぐにADHDという診断を付けたところで一体何が変わるのか。
大抵の処方は薬を飲んで落ち着きましょうというくらいの支援。後は補助が付く程度でしょうか。
実際には、担任が変われば、すぐに教室内で暴れることが一切なくなるというケースも多々あります。
よく聞くと、前の担任は「すぐに怒鳴る、叱る、悪いところばかり言う」対応で、だからそれに反応してその子も「教室で暴れる」反応を起こしていたとのこと。
もちろん、子供自身の成長もありますが。

これは担任との相性が悪かっただけなのではと思います。

ちなみに、発達障害の診断ですが、神田橋條治先生の追補 精神科診断面接のコツでは診断について3つの機能を上げています

一つは医師が患者を見立て、処置法を決定するための指針
二つは専門家同士で、患者の症状や病態を簡単に共有するための言語としての意味
三つは患者に症状や治療方針を説明するための道具
(わかりやすくするため、多少噛み砕いて書いています)

これらを「発達障害の診断」という観点から見ると、
「こういう風に治療、指導し、関わったりフォローすればこんな感じで良くなるだろうという方向性を見出すもの」
「教師、親、スクールカウンセラー、医師などの間で『こういう子どもなんだ』と簡単にイメージを共有しやすくするための言葉」
「親や子供に対して『こういうふうにしていけば大丈夫だよ』と安心感を与えるためのもの」
と、考えることができるかもしれません。

そして、大切なことはもしADHDとや広汎性発達障害という診断名は、大人が子どもをどうするかというために使われるのではなく、「現に困っている子どもをどうフォローしていくか」に焦点を当てて用いられるべきだということです。

「あの子は広汎性発達障害だから空気が読めなくても仕方がないよね」
「ADHDだから注意散漫で衝動的なのは仕方がないね」
ではないんです。

実際にそれで困っているのは子ども自身のはず。
発達障害の傾向がある子どもは、多々自尊心が低下している場合が多く、何をしても「したくない」とやる気がなかなか出てこないことも多いのです。

これは出来ないことが人よりも多かったために、達成感、充実感、つまり「俺ってやればできるんだ」という実感が乏しかったために起こるのです。
困っていないように見える場合は、「困り方」がわかっていない場合もあります。
困り方がわからないということは、壁の乗り越え方わからず、常に「俺はできないんだ。じゃあ、頑張るのをやめよう」と思うようになります。中学生になって、このような子どもは比較的多くみられます。人は取り残されるとなかなか頑張れないものなのです。

だからこそ、頑張り方が見えてくるように周りの大人たちがしっかりとフォローしていくことが大切なのです。

そのための方向性を見出す指針として、
また親や教師が子どもを理解するための共通言語として、
発達障害とは言わないまでも
「あなたはここが苦手だから、これができるように頑張っていこうね」と子どもに伝えるための道具として、
この診断名を使っていくことが大切ではないかと思います。

私はカウンセラーですので発達障害という診断名を使うことはありませんが、教師と子どもの関わりを見て「あの子はADHDのような傾向があるからこう関わって、このように指導すると上手く行きやすいですよ」とあえて診断名を使う場合も稀にですがあります。要は子どもとの付き合い方や指導のポイントを伝える道具として使うのです。
まあ、大抵は気質分析で十分なので、発達障害の診断名が必要になるケースはほとんどありませんが・・・。

発達障害の診断名はより良い支援へと先へつながるために使うべきだというのが私の考え方です。

要は安易な使われ過ぎが問題であって、しっかりと賢くこの診断名を有効活用していってほしいというのが私の願いです。


↑神田橋先生の発達障害に対する理解と支援の仕方があますことなく語られた良書です。発達障害の当事者、作業療法士、臨床心理士の方たちとの対談形式で、本当に読みやすいです。おススメの一冊です。



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2014.06.27 Fri l 発達障害 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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