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心理カウンセラーの田中勝悟です。

以前お話ししましたが、去年から療育の仕事をさせてもらっています。

参照:コロロの研修会に参加してきました

私はスクールカウンセラーとして、療育スタッフとして障害を持った子ども達に接する機会があります。そのため、教育現場での支援と、発達障害施設での支援の在り方を同時に経験させてもらっています。

その経験からで言えば、療育と障害児教育は全くの別物と言うのが私の印象です。療育とは治療教育のことで、脳の発達を促していくのが目的です。
そのため、脳の発達を促すような課題をしていくことが中心になります。例えば、サーキット遊びやリズム運動などは脳の感覚野や運動野の発達を促すことが目的となります。

その一方で、教育とは教えていくことです。障害を持った子どもが少しでも生きていくために、できることを増やしていくことが教育です。これには字を覚える、単語を覚える、計算を覚える、買い物を覚えるなども含まれます。

両者は目的が違うため本来は別物ですが、実際にはお互いに混ぜ合わせた感じで行われていることがほとんどです。例えば、「料理を作る」ということは料理の工程ややり方を学ぶという教育の面と同時に、色やにおい、味など五感を刺激する側面、つまり脳を刺激する療育としての側面があります。

私の感覚では療育と教育を分けた上でバランスよく取り入れている関わりをしている人ほど、子どもがしっかりと伸びる印象があります。
逆に教育か療育のどちらかの側面だけしか見ていない人の場合は余り伸びが悪いという感じです。

ちなみに、私の場合は昔遊び(けん玉、ビー玉、おはじき、折り紙、コマなど)を療育として取り入れることが多いです。実は昔の遊びと言うのは脳をフルに刺激させる遊びが結構あります。私の経験では、将棋をするだけで言葉がスムーズに話すことが出来るようになった子供もいます。

療育と教育と言う両者をしっかりと意識したうえで、お互いの良いところをしっかりと取り入れて、子どもの支援に役立たせていきたいものです。

あと・・・
特別支援教育と言うのがありますが、これは子どもの発達の個人差を見極めたうえで、しっかりと配慮しながら教育をしていこうというものです。「特別な教育や支援をしていこう」という意味ではありません。
ただ、子どもの特徴をしっかりと捉えた上で、きちんと配慮して関わっていく、少し丁寧にわかりやすい授業を心がけていくというのが本来の意味です。
なので、先ほどの療育と教育とはまた意味合いが異なりますし、単純に療育を教育に取り入れたものというわけでもありません。要はそれらをどう使いこなしていけるかですね。

私自身も精進していきたいと思います。



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2013.02.28 Thu l 発達障害 l コメント (0) トラックバック (0) l top
心理カウンセラーの田中勝悟です。

日生学園という学校をご存知ですか?
古くからある不登校を受け入れている全寮制の学校です。中学校と高校があります。
三重県に本校、兵庫県に分校があるのですが、すごいのは不登校の子供の大学進学率が90%を超えていることです。さらにすごいのは進学した大学は国公立や産近甲龍、早慶上智など有名な難関大学ばかりということです。

そして、ここの学園長をしているのがタイトルにも出ている青田先生です。
恐らく不登校の子どもを持つ保護者にとってはかなりの有名人ではないかと思います。

「不登校解決」ブログ
↑青田先生のブログですが、不登校の解決のポイントやどう動けばいいかなどわかりやすく解説しています。

私自身、読んでみてとても勉強になりました。
ところでこのブログを読んでいる方にお聞きしたいのですが、
スクールカウンセラーや教師がどれくらい不登校支援を理解していると思いますか?

そしてカウンセリングで不登校支援はどれくらい改善できると思いますか?

さらに不登校がそのまま進行すると将来どうなると思いますか?




私は以前に本荘貴先生の講演会に参加したり、
青田先生のブログを読んで思ったのですが、
こうした不登校のスペシャリストのように理解している人はほとんどいないと思います。

そして私が今までの経験から感じた結論ですが、不登校はカウンセリングで改善することは難しいということです。私の考えでは不登校は教育でしか治せないものだと思います。そして、その教育の仕方をオーダーメイドで工夫し、その子ができやすいように周囲でサポートをしていく体制を作っていくことが本当の不登校支援ではないかと思うのです。
カウンセリングで悩みを聴けば不登校は改善していくわけではなく、その子が現状を乗り越える力やスキルを身につけさせていくことが不登校改善に必要ではないかと面ぴます。

さらに不登校がこのまま長引くと高い可能性でニート、引きこもり化します。現状を乗り越える力やスキルの身に着け方を教えてもらっていないからです。引きこもりになると社会復帰は難しくなります。そして精神状態は悪化し(欲求の満たし方がわからないため)、精神科や心療内科のお世話になる確率も高まります。
「不登校はいずれは良くなるだろう」では取り返しのつかない状態になることもあるのです。


不登校はカウンセリングというよりも教育によるところが大きいと思います。
先ほどのお二人もカウンセラーではなく、教育者です。
(まあ、こう考えるのは私自身のカウンセリング・スタイルが教育的な側面が強いということもあるのでしょうが)

そして親の愛情と信頼、担任の情熱、それらと子供の一歩踏み出す勇気がかみ合うことが不登校を改善する大きな原動力になると思います。
私自身もまだまだ反省と後悔と研鑽の毎日です。
今後も不登校の子どもたちを救うため勉強と実践にエネルギーを注いでいきたい思います。

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2013.02.25 Mon l 不登校 l コメント (0) トラックバック (0) l top
心理カウンセラーの田中勝悟です。

仕事柄、常に苦しい状況に立たされている人とお会いすることがとても多いです。
「誰かに苦しめられている」という人も多いのですが、その一方で「自分で自分を苦しめている人」にお会いすることもあります。

具体的には
「○○しないといけないのにできない」と言う苦しみ方です。

「もっと人と付き合わないといけない」
「仕事を頑張らないといけない」
「頑張らないといけない」
「きれいに片づけないいけない」

などなど、「○○しないといけない」と思いながら、全くできず、より一層いら立ちや不安を感じている人をカウンセリングでよく見かけます。

ここで不思議なのは、「○○しないといけない」と思えば思うほど、できなくなってしまうことがあるということです。

例えば、初期段階の不登校の子どもが「学校に行かないといけない」と強く思っているのは珍しいことではありません。具体的には前日に準備をしたり、朝早く起きて準備をしたりすることがあります。
しかし、学校に行くことはできません。「行かないといけない」と思えば思うほど、行くことが出来なくなるのです。

対人恐怖やトラウマを抱えている人もそうですね。
「人ともっと気軽に会わないといけない」
「昔のことを引きづっていないで前を向かないといけない」

しかし、そう思えば思うほど出来なくなるものです。

そうした人たちに対して私は「しないといけない」ではなく「あなたはしたいのかしたくないのか」を問います。
面白いことに多くの人は「本当はしたくないです」と答えます。

そうです。
したくないのにすることはできません。

「したい」「したくない」は正直な気持ちです。
それをごまかして、したくないのに「しなければならい」と思って、することはできません。

まずは自分が「したいのか」「したくないのか」正直になることが大切だと思います。

やりたいのであれば比較的楽にすることができます。

問題は「したくない」時です。
したくないのに「しなければいけない」と言うのであれば、私たちは何らかの工夫が必要となります。

○できるところまで細分化してみる。
○しなければいけない目標が自分に合っているのか検討してみる。
○もっと良い目標を見つける。
○誰かの援助を求める。
○情報を集める。

などなど。

ただ、「しなければいけない」ということは、できればやった方がいい場合が多いです。
しかし、その前に自分は「したい」のか「したくない」のかを正直に見つめ直し、「したくない」のであれば、その事実を認めた上で考えて動いていくことが必要だと思います。

もし、あなたが行き詰っていて動けない状況にいるのであれば、一度「私はこれをしたいのか、それともしたくないのか」と振り返ってみることをお勧めします。



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2013.02.23 Sat l メンタルヘルス l コメント (0) トラックバック (0) l top
心理カウンセラーの田中勝悟です。

昨日「ほんまでっか!?TV」でレンタルフレンドという商売があるのを知って非常に驚きました。そういえば昔、結婚式でレンタルで友人を借りるというのがあったのを見て、ショックを受けたことを思い出します。

正直な話、私にはかなりの抵抗がありました。
世代的な感覚なのかどうかわかりませんが、「友人をレンタルする感覚」が今一つつかめません。

ただ、レンタルという言葉にどこか良い響きも感じさせます。
まず、会うかどうかは自由に決めることができますし、人付き合い特有の厄介さは当然出てきません。そして、相手は私の理想の友人を演じてくれています。

お手軽に理想の友達と会えるという意味では良い方法かもしれません。

ただ、人間関係とは相互関係ではないかと思うのです。
つまり、お互いがお互いを成長させていくのが人間関係の本質ではないかと思います。理想の友人とは私の思い通りの友人であり、ビジネスライクの付き合いでもあります。そういうつながりに人間としての成長があるのかどうか・・・私は少し疑問に感じてしまいます。

そういえば、中学・高校生の間で「イツメン(いつもいるメンツ)」というのが流行っていると聞きました。普通の友達というのは「ずっといる」ということが前提で付き合うと思うのですが、若い子の中では「このまま付き合いつづけるとしがらみが増えるし」ということで、一年間だけという「契約」で友達関係を作るのだそうです。進学して別々になったらお互いにメルアドを削除したり、また同じクラスになったら「友達の契約」を再度作るそうです。
中には「お互いずっと一緒にいる友達」と思って過ごしたのに、急に「次で進学だからしがらみあると困るし友達解散」と言われ、人間不信になった人もいます。

私の感覚では人間不信になった人の方が正常に思うのですが、徐々に人間関係のイメージが変わりつつあるような予感を感じさせます。何か若いうちにビジネスライクの付き合い方を実践している子供を見ると、「これでいいのか?」とちょっと疑問に感じてしまうのは私だけでしょうか?

大切なのは本当の友達とは時間をかけていろいろとケンカしたり、ぶつかり合ったり、分かち合ったり、理解しあったり(この辺りは人の気質によって個人差がありますが)、時間をかけて熟成していくものだと思うんです。特に大人が作る友達というのは。気軽に手に入るものほど、簡単に手から離れてしまうものではないかと思います。

また、大人や社会が人間関係や友達の作り方をしっかりと教えていく必要があると思うのです。
友達というのは私は2通りあると思います。

①利害関係なく、ただ一緒にいて楽しいという関係。遊び仲間。
②一つの目標に向かってお互いに自己研鑽していく関係。学び仲間。

私たちは何か一つの目標があって、それに向かって一緒に歩んでいく友達を望んでいるのだと思います。
サークルや〇〇教室が流行っているのはそうしたニーズに沿っているためではないかと思います。
友達というのはただレンタルするのではなく、一つの目的に向かってお互いに高めあうことで作っていくものではないかと思います。

ちなみに来月からダイレクトコミュニケーションという会社のコミュニケーション講座の講師をします。
主にセルフカウンセリング(選択理論)のスキルと人間関係のコミュニケーションスキルを一年間かけて教えていきます。

選択理論尼崎支部研究会と違うのはコミュニケーションスキルの習得に重点を置いているところ。興味がある方は是非こちらからお申し込みください。



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2013.02.21 Thu l その他 l コメント (2) トラックバック (0) l top
心理カウンセラーの田中勝悟です。

今回は「傾聴」についてお話したいと思います。
傾聴と聴くと、「ただ話を聴くだけ」と思ってらっしゃる方が多いと思います。
(かくいう私も「傾聴=話を聴くだけ」と思っていた一人です)
そのため、「話を聴いてもらって良くなるのか」と考えている方も多いでしょう。

また、傾聴とは「感情を聴く」「気持ちを聴く」と考えている人もいます。

さらに「うんうん」「あー」「なるほど」とうなずいたり、適度にまとめたり、相手の言ったことを繰り返したりすることが傾聴であると考えている方もいます。

私がお話するのはリアリティセラピーでの傾聴の仕方ですが、相手の気持ちや感情に焦点を当てて聴くことは原則としてまずしません。
ではどうするかというと、相手の上質世界に焦点を当てて聴くのがリアリティセラピーでの傾聴です

参考:リアリティセラピーの特徴

クライエントは上質世界にあるものと、現状が異なっているためにイライラやしんどさという心のサインを出します。このサインにばかり焦点を当てすぎると肝心の上質世界には光にはあたりません。
そうではなく、その人が「どうなりたいのか」という上質世界に焦点を当てることが大切です

すると相手も上質世界を整理しながら話そうとします。
「どうすればよかったのか」を一生懸命整理しながら話しだします。
それと今の状況を見比べるように聴くのがリアリティセラピーの傾聴です。

このように話を聴いているうちに「だからこのイライラやしんどさを選択せざるを得なかったんだ」と納得できる部分が出てきます。私はこれが「共感的理解」だと考えています。そして、それを相手に伝えるのです。

この段階まで行く前に「だからつらかったんですね」と言っても、クライエントは納得してくれません。まだ整理がついていないからです。
上質世界にあるものと現状を整理・比較するように聴いていくのが選択理論での傾聴です。これができるようになるためには、高度な質問技法とユーモアのセンスが求められます。

日本選択理論心理学会 尼崎支部3月の神戸研究会ではそうした傾聴スキルのアップの仕方についてお話します。これができると人間関係のスキルや悩み相談のスキルが格段にアップすると思います。



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2013.02.18 Mon l カウンセリング考察 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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