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心理カウンセラーの田中勝悟です。
鹿児島の旅行もあって、かなり久しぶりの更新です。旅行の詳細はこちらに書いていますのでよかったらご覧ください。

先日(というか旅行中)、古宮昇先生の「怒り、さびしさ、悲しみは捨てられる」を読み終えました。


古宮先生は来談者中心療法を専門しておられる先生で、傾聴やカウンセリングなどの書籍も多数出されておられる有名な先生です。また、過去4000人以上のカウンセリングを経験してこられ、実践家としても有名な方です。

さて、上記の本ですが内容は精神分析の視点から私たちの苦しみや行き辛さをどう癒し、和らげていくかが書かれており、また古宮先生の豊富な臨床経験から話される事例や考察、そして対処法は目を見張るものがあり、面白かったです。私自身、カウンセリングで精神分析で見ていかないと理解が難しい方とお会いすることも多く、この本を読んで改めて「あの人はこんな風に見ればもっと良かったかもしれないな」と思うことも多く、大変勉強になります。


ただ・・・
これは私だけかもしれないのですが、
実は私は精神分析が口には合いません。

以前、精神分析の本を読んだ時にかなりの吐き気と気持ち悪さを感じたことがあります。

特に「親が自分を認めてくれないから、こういう性格や症状を起こす」という考え方は私にはかなりの抵抗があるのです。視点の一つとして見ればいいのですが、親との関係で傷ついてしまい、それがいろんな症状の原因となっているというのはどうも受け入れにくいものがあります。

そのため精神分析を本気で勉強したことはないので、専門の先生からお叱りやご指摘を受けるかもしれませんし、「それはあなたの傷つきが癒されていないからだよ」とか言われるかもしれません。

私が選択理論が好きなのは「親の教育や環境、過去の出来事ではなく、今あなたが選んでいる症状は自分で選択したんだよ」というメッセージのためです。つまり傷ついていようが、どうあろうが、「あなたはより良い選択をしていくことができる」というメッセージが好きで学んできたところがあります。

もちろん、精神分析が悪くて選択理論が良いということを言いたいわけではありません。ただ自分には合わないということを伝えたいだけです。自分に合う合わないをしっかりと見極めた上で、自分に合ったやり方を常に学び続けようしているだけですし、これからもそうした姿勢で学び続けるつもりです。

なので、「これはあなたのこういう問題があるから合わないんだよ」というコメントは控えていただけると大変助かります(笑)。

さて、古宮先生の本の内容も精神分析だったので、正直読んでいてしんどさを感じた部分は確かにありました。
それ以上に学ぶところも多かったです。人は確かに幼少期の親との関係の中で最善だと思ったパターンを上質世界に入れて生きています。それを多くの事例を通して改めて学びなおしたという感じです。そうした精神分析の視点はしっかり勉強していった方がいいだろうなという思いです。

ただ、口に合わない部分もあったので、それはそれで仕方がないかなという気持ではあります。

なのでもしこのブログを読んでいる方で、自己啓発や心理読み物、カウンセラーの悩みを解消する本などを読んでみて、「どうも気持ちが悪くなった」という方、それはあなたが悪いからではないです。ただ、あなたの口に合わなかっただけだろうと思います。その時は「口に合わなかったんだ」と思うと少しは気持ちも落ち着くでしょう。



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2013.03.29 Fri l カウンセリング考察 l コメント (0) トラックバック (0) l top
心理カウンセラーの田中勝悟です。
私の病院では栄養療法を行っている珍しい心療内科です。
そのため、私の方でも栄養療法の知識が求められる場面が多々あり、栄養面からの精神疾患の理解についてもある程度知識はあります。

大抵の方はうつは性格やストレスから生じると考えています。
もちろん医師やカウンセラーでもそう考えていますし、書籍やネットでもそうした情報はたくさん見つかります。

なので、それはもちろん問題はないのですが、実はうつの大半が栄養面から生じるケースが多々あるという事実は知っておいた方が良いと思います。

私たちカウンセラーは「嫌なことがあって、それを考えているうちに何もできなくなった」という相談について対処することはできます。実際にストレスにさらされている、認知的な面や心理的・性格的なパターンが症状につながっている場合はカウンセリングで効果があるでしょう。

しかし、「急に気分が落ち込んで、それから嫌なことを考えてしまい、何もできなくなった」という相談についてはカウンセリングでは限界があります。特に具体的なストレスが見つからない、認知的・心理的な問題があまり見られないのにそうした症状を出す場合は、(一概には言えませんが)カウンセリングで良くなるのは難しいと思います。

カウンセラーや専門家で上記の違いがわからないのであれば、ぜひ知っていただきたいと思います。これは「カウンセリングでできる範囲・できない範囲」につながってくるため、知らないでカウンセリングをしていると大きなミスを招いてしまう場合が少なくありません。

私たちは思考と行為が良くない結果、生じた不快な症状であれば、思考と行為を変えていくことで改善していくことができます。これはカウンセリングで「できる」範囲です。

しかし、思考と行為は問題はないのに、またストレスも問題がないのに急に落ち込みや動悸、パニック、イライラなどが出てきた場合は、カウンセリングでは対処は難しいでしょう。なぜらな、脳の機能や体の状態が低下したり異常をきたしているために生じている可能性が考えられるからです。
(もちろん、これも厳密にははっきりとは言えません。丁寧な医師の診察やカウンセリングの結果、時間をかけてわかるものだからです。なので、初診で5分の診察で「うつ病の診断」とは本来はできるものではありません)

例えば、産後うつの原因の一つとして、出産と同時に大量の鉄分が失われることがあります。鉄分はセロトニンやドーパミンを作るための栄養素です。また胎児のために大量のタンパク質や栄養を与えており、当然お母さんの体は栄養不足の状態となっています。つまり、産後うつという「うつ」の原因が栄養不足である場合、また夫や姑が理解があり、本人の本来は性格や心理面で問題が見られない場合、カウンセリングで良くなる可能性は低いと思います。

また不登校で友人関係や家族、本人に全く問題が見られず、なのに急にうつ状態になり学校に行けなくなる事例があります。この場合は、私は内科への受診や詳細な検査を取ることを進めることがあります。また普段の食事や栄養面で気になることについて聞くことがあります。大抵は、身体の病気があったり、食生活がかなり乱れていたりしていることが多々あります。つまり、この場合は体の病気を治す、または食生活を改善するだけで元気に登校できる場合があります。

ただ何度も話している通り、心理的な面からうつが出たのか、それとも栄養面が原因かは簡単にはわかりにくいところがあります。そのため、できれば専門家(特に精神医学・栄養療法に詳しいカウンセラー)に相談して考えたほうがいいでしょう。

また栄養療法は保険がきかないため、結構なお金がかかります(血液検査だけで3万くらい)。しかし、3年以上心療内科やカウンセリングを受けても改善が見られない、もしくは悪化しつつあるのであれば、ぜひ栄養療法という視点は持っておいて損はないと思います。劇的な変化が見られた方もおられますし、何よりも薬と違って副作用のリスクがなく安全にやめられるという点です。

↓の本の著者は栄養療法(分子整合栄養医学)の世界的権威であるホッファー博士に直接学んでいます。栄養療法についてかなり明確にわかりやすく書いています。非常に勉強になります。





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2013.03.20 Wed l 心と栄養 l コメント (2) トラックバック (0) l top
心理カウンセラーの田中勝悟です。

今回はカウンセラーやカウンセラーを目指している人向けに書いています。
私個人のカウンセリングに関する思いを書かせて頂きました。


カウンセリングとは難しいもので、少しでも油断してしまうと初心者同様のレベルまで落ちてしまいます。
具体的に言えば、いつもはプロカウンセラーとして恥ずかしくないレベルのカウンセリングができるのに、ちょっと油断してしまうとクライエントの話を全く汲み取れない下手くそなものになってしまうのです。

理由はいくつかありますが、私の場合は慢心でしょう。
疲れていようが、体調が悪かろうがそれなりのカウンセリングをする自信があります。むしろ、しんどくてもそれなりの効果を出すのがプロってものです。

しかし、私の場合は、慢心してしまった時に上記のような失態を起こしてしまうようです。

その時に強く思います。

カウンセリングは心でするものだ」と。

また、面白いことにその時に限ってクライエントは、症状を悪化させたり、悪い方向に行ってしまうものです。
まるで「先生、もっとしっかりして。こっちを見てよ。」と言っているかのようです。

カウンセリングとは共同作業と言いますが、本当にその通りだなと思います。

ある程度経験を重ねて感じることは、カウンセリングが上手く行くか行かないかの境界線はカウンセラーのスキルではないということです。むしろ、カウンセラーの生き様がそのまま問われているようなところがあります。
下手くそなカウンセリングはカウンセラーが必死に生きていないから起こるのだと思います。

もし私が下手くそなカウンセリングをしている場合、大抵「クライエントからの指導」が入ります。カウンセリングは密室で行われるので、上手い下手を誰かに評価してもらえることはまずありません。その代り、しっかりとクライエントが指導してくれます。

例えば、
来なくなる(中断)
症状を悪化させる
核心の話を避ける
カウンセラーにしゃべらせようとする
身体をそわそわさせる
気まずい沈黙

などなど。

カウンセラーの方は多かれ少なかれ、このような経験をされたことはあるんじゃないかと思います。大切なのは、こうしたクライエントのメッセージを真摯に受け止めようとする姿勢です。

私は上手なカウンセリングなんて「あり得ない」と思います。
また、私の師匠は「カウンセラーには必ず落ち度がある」と言っています。

もちろん、クライエントや相談された方が「いやあ、話ができてよかった」と思っていただけるのは大切です。クライエントが不満を抱くカウンセリングは望ましくはありませんし、やはり良い意味で満足してもらえるべきでしょう。
しかし、カウンセラー自身が「いやあ、良いカウンセリングができた」と思っていると、必ず次は痛い目を見ると思います。

やはり、カウンセリングは真摯にクライエントと向き合う姿勢から生まれるもの。
それを忘れてしまうとカウンセリングなんてできないと日々の臨床実践で感じます。

この気持ちを忘れないようにして真剣に一人一人のクライエントと向き合っていきたいと思います。



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2013.03.18 Mon l カウンセリング考察 l コメント (3) トラックバック (0) l top
心理カウンセラーの田中勝悟です。

昨日スクールカウンセラーの任期が満了しました。
その思いについてはこちらに書かせていただいていますので、ぜひご覧ください。

私が担当していた学校は、最初は学校が崩壊している状態でした。しかし、校長によって立て直しが図られ、わずか3年間で非常に落ち着いた学校になったという経緯を持っています。

この学校が立て治っていくプロセスに3年間もともに歩めたのは私にとって非常に幸運でした。そしてこの経験は私にとって「学校とは何か?」を強く考えさせるきっかけとなりました。

まず学校というのは校長と教頭がしっかりしていることが必要だということです。
特にいじめ、特別支援教育、不登校などあらゆる学校の問題はでは校長がしっかりとリーダーシップを発揮しないと改善は難しいと思います。正直、校長が不登校の人数を把握していない学校では不登校の改善はいくらやっても限度があります。

なぜならスクールカウンセラーやカウンセリングでは不登校を改善する力は皆無に等しいからです。
その子が明日に向かって何とか進めるように援助することは可能です。
しかし、学校に行けるようにすることはできません。なぜなら、不登校とは学校に行けていない状態です。
つまり、学校と子供と保護者の問題が不登校であり、不登校は教師が対応するべき問題だと思います。

スクールカウンセラーができることは子どもと教師との橋渡しの機能です。

また保護者が子供を支えるためにできることを一緒に考えていくことで子供が前に向けるように援助することもできます。

ただ、教職員側の動きがバラバラだと不登校はまず改善は難しいでしょう。いくらカウンセリングで橋渡しができても、学校側がきちんと子供を引き受ける体制が整わなければ子供が学校にいくことは難しいです。つまり学校側のきちんとしたフォローが何と言っても大切なのです。

教職員がまず一致団結していって、その子が学校に行けるようにするためにできることを最大限していく姿勢が何と言っても必要不可欠です。みんなで解決していこう、改善していこうという雰囲気を持つことが必要だと思います。

そのためには校長や教頭が子どもの実態を把握し、そして教職員がチームとなって取り組んめるようリーダーシップを発揮できることが大切だと思います。それぞれがバラバラに動けば不登校は改善しません。

子供自身が「先生に守られている感じがしない」と見抜くからです。学校がその子のために本気で考えているということが伝わらないと子供が学校に行くことは難しいでしょう。

そして何よりも大切なことは、スクールカウンセラーの役割は学校の力をどこまで引き出せるかです。そのためのスキルや柔軟性、経験や知恵がスクールカウンセラーには求められているのだと思います。

ちょっと熱く語ってしまいましたが、もちろんカウンセラーや教師・保護者の対応で不登校に対応できる術はありますし、私なりのノウハウもあります。その辺りはまたボチボチとブログでお伝えいしたいと思います。

しかし、このような価値観を築くことができた3年間の経験は本当に貴重な宝物だと感じました。
また来年度も新しい学校で仕事に励みたいと思います。


↑やはり学校の問題は教師が対応するものだと思います。



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2013.03.15 Fri l スクールカウンセリング l コメント (0) トラックバック (0) l top
心理カウンセラーの田中勝悟です。

カウンセリングではクライエントが泣く場面と言うのは結構多いです。
もしかするとカウンセラーが一番人が人が泣く場面に出会う仕事ではないかと思うくらい、クライエントの涙に出会うことは多いです。

クライエントが泣く理由はいろいろと考えられます。

今までの辛い出来事を思い出したから
考えたくない現実に直面せざるを得なくなったから
感極まったから
触れてほしい部分にカウンセラーが触れてくれたから
などなど


そしてクライエント自身は泣いていることに気づいている場合と気づかない場合があります。またなぜ泣いているのかクライエント自身が分かっていない場合もあります。また、カウンセラー自身が「なぜ泣いているのか」全くわからない場合も多々あります。

クライエントの「泣く」ことについて、カウンセリングではカタルシス効果(浄化作用)があると言われています。確かにクライエントが涙を流すとスッキリした表情になり、そこからカウンセリングの展開が非常にスムーズになることがあります。

そのためか、私自身、カウンセリングを始めた頃はクライエントが泣くのを見ると「お、泣いた」とカウンセリングが上手く進んでいるなと思ったものです。
心のどこかで「クライエントが涙を流すカウンセリングができるようになった」と考えていたのかもしれません。もちろん、この考え方は「共感的理解」から程遠いものです。

今は私はクライエントが泣くかどうかはあまり重視していません。
カウンセリングとは「クライエントがより良い人生を歩めるように一緒に歩いていくこと」です。泣くかどうかはクライエントの中での一つのステップであって、それはカウンセリングの目的でないと思います。

恐らくクライエントがカウンセラーの前で流す涙と言うのは、いろんな思いが含まれているのでしょう。それをカウンセラーの前で出せるということは必要なことです。しかし、思いを吐き出すだけでいいのでしょうか?もちろん、それだけで前に進めるという人もいます。
しかし、何よりも大切なことはこの「クライエントが前に進める」ということです。涙で障害物を溶かすのは重要です。ただその後で、クライエントが前に歩いて行けるように一緒に考えていくことがカウンセリングでは最も大切ではないかと思います。

私自身、このように考えるようになってから、クライエントの涙に振り回されなくなり、しっかりとクライエントと向き合い歩けるようになってきたと感じます。



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2013.03.10 Sun l カウンセリング考察 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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