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前回の記事ですが、「大変わかりにくい」という指摘を何人かから受けました。

ちょっと専門的過ぎたかもしれません。

なので、今回もう少し「傾聴」について改めてわかりやすく考えてみたいと思います。
コチラの記事の補足なので、セットにして読んでいただけると理解が深まると思います。


例えば、「彼氏が暴力を振るってくる」という相談を受けたとしましょう。
さらに泣きながら「別れたい・・・」とあなたに打ち明けたとしましょう。

ここで「別れたい」という言葉に注目して、「じゃあ、別れたら?」と安直に返すようではカウンセラー失格です。

問題は、なぜ、あなたにわざわざ「別れたい」と打ち明けたのかです。

この言葉を聴くだけでは傾聴とは到底言えません。
わざわざあなたに打ち明けたのですから、その女性がどんな気持ちだったのかを感じないといけません。

その時に必要となるのが、雰囲気を察するスキルです。

例えば、泣きながらの背後に「不安」そうな雰囲気が感じられるかもしれません。
もしくは「悔しい、苛立ち、怒り」という雰囲気かもしれません。

そこを聴くのです。
不安な感じがあるとしたら、おそらく「彼氏なしで生きていく不安」というのが「別れたい」という言葉の裏にあるかもしれません。
「怒り」があれば、暴力を振るわれて「このまま別れるなんて悔しい、逃げるみたい」という気持ちがあるのではないかと推測できます。

これがわかると「じゃあ、別れたら?」なんて簡単には言えなくなります。

私なら・・・
あなたの話を聴いていると不安そうに見えるよ。なんか一人でいるのが辛そうに見えるし、怖いかなあって感じた。だからすごく迷いながら『別れたい』って本当は言いたくない言葉を使ったのかなって思った
と返すでしょう。

※上記は一例であって、実在のケースではありません。私ならそう答えるというだけです。
また、こうした雰囲気レベルの傾聴はかなり疲れますし、相応のスキルも求められます。なので、私もカウンセリング以外ではあまり多用しないように心がけています。


一流のカウンセラーとは、この言葉の背後にある雰囲気を察知する能力に優れています。

傾聴を重視するロジャースは、この能力が恐ろしく長けていると思います。この能力を分解して誰でも理解できるようにしているのが、「来談者中心療法」という流派なのです。
まあ、問題はこの雰囲気を察知する方法や獲得の仕方を説明した流派のはずが、独り歩きしてしまい、「受容・共感・傾聴が大切」と四角四面でとらえている人が多いということですね。

精神分析も本来はこの雰囲気の流れを敏感に受け取って、その中で治療を行っていく流派です。

また、認知行動療法やNLP、ゲシュタルト療法も、この雰囲気をいかに察知する、つまり傾聴はとても大切なポイントです。
それなのに傾聴をあまりにも軽視してしまって、言葉だけで「あなたの考えは間違っているよ」と軽々しく言ってしまうカウンセラーが多いということです。

本来どのような心理療法も、この傾聴を土台とするべきだというのが私の考えです。そして、傾聴だけでなく、いろんな流派をやり方を適宜取り入れながら、クライエントの役に立てるようカウンセリングをするべきだと思います。

当然ですが、リアリティセラピーも傾聴が土台です。グラッサーは「相手が次に何を言うか大体わかる」と言うほど、傾聴力の高い人物だったようです(警告!より)


と、またまた専門的に書き過ぎてしまいました・・・。
熱く語り過ぎました。どうもこの話になると熱くなってしまうようです。

傾聴とは本来は感覚的なもので、理屈で伝えるのは非常に難しいものです。
もし知りたい方はプロの方にカウンセリングをお願いしてみることをお勧めします。
それから下手くそなカウンセラーに当たった経験がある方は、「なぜあのカウンセリングはダメだったのか」を振り返ると傾聴というのが見えてくるのではないかと思います。


あと、上記の話は恐らくカウンセラーでも中級者(カウンセリング経験者)~上級者向けかもしれません。
初心者の方にはわかりにくい部分も多かったのではないかと思います。

もし、わからない場合は田中に直接お会いした時に聞いてやってください。
その時に、できるだけわかりやすくお話しさせていただきたいと思います。


ちなみに、5月11日には神戸の研究会の開催日です。
テーマは:「人間の行動の理解」です。ロールプレイも実演するので、田中の傾聴の仕方も見ることができます。
終わった後にお茶会も予定しているので、ご都合あう方はぜひお越しいただければと思います。




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2014.04.28 Mon l カウンセリング考察 l コメント (0) トラックバック (0) l top
先日、Facebookで以下の質問をしました。


「なぜカウンセリングでは傾聴というのか?」
「話をよく聴くこと」と傾聴はどう違うのか?

田中勝悟のFacebookは こ ち ら 

カウンセリングでは「話の聴き方」を勉強しません。
傾聴の仕方」を学びます。

そして、心理カウンセラーの竹内先生も仰っていますが、傾聴は人間関係でも非常に大切な要素となります。

しかし、この「傾聴」というのはカウンセラーでもなかなか理解されにくいものだと言えます。他のクライエントの話を聴いていると「前のカウンセラーはただ話を聴くだけだった」と言う声も少なからず聞きます。

「話を聴く」のと「傾聴」とはかなりの違いがあると私は考えています。本当に傾聴してもらえたのなら、そんな不満は出てこないはずです。

さて、そんな傾聴ですが、この「聴」という字に注目してみましょう。
「聴」という字には、耳と十と目と心という字から成り立っています。

また、傾聴は「聴く」と「傾ける」という字しか使われておりません。

屁理屈かもしれませんが、一切「話を聴く」なんて傾聴という単語では言われていないのです

では、「一体何を聴くのか?」という疑問が残ります。


神田橋先生という有名な精神科医は精神療法面接のコツ
という本の中でこう述べています。

「病も治療も関係も根源的には、この「雰囲気」のありようなのである(p52)」

少し解説すると、この「雰囲気」というのは、私たちの非言語的なコミュニケーションのことです。
私たちは実は言葉だけでコミュニケーションはしていません。
本質は動物と同じで非言語的な動作や雰囲気でコミュニケーションをしています。
その最たるものが「雰囲気」で、非言語的なコミュニケーションを効率よく行うために言語が使われているのです。

この雰囲気の用い方、活かし方が精神療法のありようを大きく左右すると神田橋先生は話されています。

(余談ですが、不登校はこの「雰囲気」を察する能力が極端に高い傾向にあります。だから大人や友人の些細な言動にひどく傷つき、振り回されてストレスを溜めこんでしまい、学校に行けなくなるのです)

傾聴とはこの雰囲気をしっかりと聴く行為です。
また、これは耳だけでは到底できません。
耳と目と心を十分に使わないとできないものです。

そして、そうした行為は相手と深い部分でつながるものでもあります

さらに言えば、「耳と目と心を十分につながって相手と繋がっていく」ことが「聴く」ではないかと思います。

そうした「聴く」に傾き続けることが「傾聴」ではないかと私は考えます。

この「傾聴」ができると、恐らくクライエントと強くつながっている状態ができるので、話し続けていてもクライエントは「わかってもらっている」と感じているだろうと思います。

ロジャースが統合失調症と何もせずずっといるだけなのに、その患者がどんどんと良くなったというのは有名な話です。話を聴いていませんが、確かに何かを聴いていたんだろうと思います。

河合隼雄も「父親を殺したい」というクライエントに対して「うん」とうなずいた時に「いや、そう思ったんだけど、実は・・・」と何か気づいたかのように話し出したという逸話もあります。

これらは恐らく深いところでつながっていたのだろうと思います。

優秀な教師や医者と言うのはこうしたつながる能力が非常に優れているんだろうと思います。


ここまでで、「傾聴」ということを一言で言えば、「相手の雰囲気、場の雰囲気を聴くことに傾けることで、深い部分でつながっていく過程」だと言えるでしょう。

そのためのツールの一つが「話を聴く」ことだと思います

以上、私なりの考えをまとめさせていただきました。
皆さんの学びのヒントになれば幸いです。

※「わかりにくい」というご指摘を受けました。
わかりやすく書き直したものをブログに新しく書かせていただきました。
参考になれば幸いです。それでもわからない場合は田中にあったときに聞いてやってください。
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傾聴について改めて考える




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2014.04.27 Sun l カウンセリング考察 l コメント (0) トラックバック (0) l top
今や全国の中学校全てにスクールカウンセラー(以下、SC)が置かれ、小学校にも配置されるようになってきました。

毎年、多くの臨床心理士がSCとして勤務していますが、これには様々な悩みがあります。

一つは一人職場ということです。
そのため、一人で「これでいいんだろうか」と悩みながら働いているSCさんは結構多いのです。

大学院や研修会でスクールカウンセラーの講義や授業はありますが、まあ現場で使えるかというとそこまでは遠いのが現状です。
また、多くの方は病院や福祉施設などと掛け持ちしており、専門となる背景もバラバラなことが多いです。

具体的に言えば、精神医療をしている方は薬や心の病気に非常に詳しいですが、その方面での経験がない場合は心の病気の理解は乏しいです。また現場によってはカウンセリングをたくさんできるところもあれば、カウンセリングをほとんどしない職場もあります。となると、SCによってカウンセリングのスキルもばらつきがあるのが現状です。

また、学校現場というのは他の職種と異なり独特の雰囲気があります。

こうした学校現場とずっと関わってきた人がSCをする場合と、学校現場を知らない人がSCをするのでは、学校という環境に適応するのに時間がかかることもあります。その分「私は現場で役立っているのか」と苦悩してしまうことも多いでしょう。

私の場合はSCをする前から学校の中で仕事をしていたため、割とスムーズに入り込むことができました。

しかし、初めて学校現場に入る方にとっては、どうしていいかわからず戸惑いながらスクールカウンセラーの仕事をしている人も多いんじゃないかと思います。

私もうわさでしか聞きませんが、なかなか学校現場に適応できず教職員から邪魔者扱いされるか「何もできない人」という烙印を押されたスクールカウンセラーというのは割と多いとのことです。

恐らく、どう学校現場で仕事をしていいのか、
わからなかっただけなんだろうと思います。

(まあ、わからなかったからできないでは行けません。プロである以上、わからなくてもできるように努力はするべきだと思います)

SCの仕事で非常に難しいのは、教職員と子どもと保護者の間に挟まれるような場合です。
例えば、担任が「あんなひどい奴は学校に来ない方がいい」と言い、子どもは「あんな担任がいる学校に行きたくない」と不登校を決め込み、保護者は「どうしたらいいんだ」とオロオロしている場合です。

こういう場にSCが入り、調整していくような場面は実は結構あるのです。
本来このような仕事は管理職がするべきなのでしょうが、残念ながら管理職が見て見ぬふりをするような状況もあります。

SCとして非常に苦しみ悩む場面でもあります。

この時にSCは誰の味方をするべきでしょうか。
子どもや保護者の味方をすると、間違いなく担任からの心象は良くありません。
担任を敵に回すと学校の居場所もなくなり、子どもや保護者の良い支援ができなくなります。

かといって担任の肩を持ちすぎると子どもと保護者はどんどんふさぎ込んでしまいます。

私はこの場合、「関係」の味方でいるようにします。
つまり「子どもと学校との関係、繋がりの味方」でいることです。
もっと具体的に言えば、「子どもが学校を通していかに自分らしく成長できるか」という大きな視野での味方です
この視点で見れば、どっちが悪いかではなく、「どうなればこの子はより良く成長できるか」で見ることができます。

新しくスクールカウンセラーをされる方は、学校現場でどう動けばいいのか悩むだろうと思います。
どうすればいいかわからない時は、まず「学校と子どもの繋がりの味方」でいてください。

そのためには、学校を良く知るということです。
学校がわからなければ子どもを支えることはできません。
まずはそこを理解するようにしましょう。

学校の教育への思いをしっかりと汲んでいくことが大切です。
その中でSCとして、あなたなりにできることを考えていきましょう。
そして、学校側から求められたことに応えられるよう真剣に取り組んでいきましょう。
学校はSCにいったい何を求めているのか、そしてそれはあなたが応えられるものでしょうか?

その継続がスクールカウンセラーの活動が活きることにつながります。



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2014.04.24 Thu l スクールカウンセリング l コメント (0) トラックバック (0) l top
今日は大学院の仲間たちと事例検討会をしてきました。

事例の発表は私です。
具体的な内容はここでは控えますが、今日の事例発表で私なりに学んだこと書いておきたいと思います。

一つは、臨床的に正しいかどうかではなく、クライエントにとって役立っているかどうかの視点で見ることです。
例えば、私の問題として時間や場所などの枠や決まりを平気で破ってしまうところがあります。

このことを突っ込まれたりしたのですが、これはカウンセリングの理論的にはあまり正しくないです。

基本は規定した枠(時間や料金、どこで会うかなど)をしっかりと守るということがカウンセラーの心得として学びます。

ただ、ここを勘違いしないでほしいのですが、
枠を守るというのはクライエントを援助する一つのツールだということで、枠を守るということがカウンセリングの目的ではないということです。

私の臨床では、枠を守ったかというよりも、クライエントに役立ったかどうかをカウンセリングの成否の物差しにしています。

より良いカウンセリングには、クライエントの益になると同時に、カウンセラー自身のメンタルヘルスがある程度守られていることが大切だと思います。そのためのツールが「カウンセリングの枠」だということです。

クライエントとカウンセラーを守るのが「枠」の目的です。
なので、カウンセラーが枠を超えすぎる、例えば時間外で会ったり、クライエントが困っているから料金を減らすとか枠を壊しだすと、カウンセラー自身が疲弊したり、クライエントに余計な甘えが出てしまい、良いカウンセリングができなくなる可能性が出てきます。

それを保護するのが「カウンセリングの枠」だといえます。

精神分析や来談者中心慮法ではこの「枠」の部分がかなり厳密に求められます。

ただ、リアリティセラピーではそれほど重視はされない傾向にあります。
まあこれも個人差なので、人によっては異なるところです。
私自身はこうした「枠」を守るかどうかではなく、クライエントの益になったかどうかで判断することが多いです。

クライエントの役に立つか、それとも枠を守るべきか、それらを天秤にかけたとき、役立つ方を選択するべきだと感じたとき(ほぼ直観ですが)、私は枠を破るという選択を良くします。この点は、おそらく師匠の里見先生の影響がかなり強いと思います。


ただ・・・私の場合、どうしても安易に枠を破り過ぎてしまう傾向もあるんですね。
ちょっと軽く見ているというか・・・。

今回の検討会では、ちょっと枠を守るという考えを積極的に取り入れていくべきだろうと改めて感じました。

こうした振り返りができたのは今回の事例検討会で得た一番の教訓です。
ただ、その一方でクライエントの役立つことをもっと効果的に取り入れていくよう、自分自身のカウンセリングを作り上げていきたいと思います。日々精進です!!

と、言うてもカウンセリングの神様の河合速雄先生も枠を外すようなカウンセリングをしているのですが・・・


※カウンセリングの枠について↓の本が参考になります。河合先生の事例も非常に面白く、カウンセラーとクライエントの間に起こる苦悩がわかりやすく書かれています。カウンセリングの現場を知りたい人にお勧めの一冊です。





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2014.04.20 Sun l カウンセリング考察 l コメント (0) トラックバック (0) l top
今日は竹内先生のブログに触発されて書いています。

「叱らない子育て」と聴くと、ストレスフリーでとても良い響きのように感じます。
しかし、全く叱らない子育てというのも問題だろうと思います。

竹内先生はブログ内で





なるべく叱らないほうがいいお子さんはいます。
逆に、ビシッと叱ったほうがいいお子さんもいます。

また
叱ることが非常にストレスになる親御さんもいますし、
叱らないことが非常にストレスになる親御さんもいます。

上記は、ほぼ生まれつき決まっています。





と書いていますが、確かにその通りだと思います。

ところで、「叱る」とはどのような行為なのでしょう?
「怒る」とは違い、感情をぶつけるというよりも、道筋を示していくという感じが強いですね。

「叱る」には「注意する」「促す」「諭す」「導く」「より良いやり方を示す」「意見を伝える」などのニュアンスが私にはあります。

「説教する」は「叱る」と「怒る」の中間のような感じですかね。

「叱る」とは選択理論的に言えば、かなり内的コントロールと外的コントロールの中間にあるような言葉で、一歩間違えれば相手をコントロールすることにつながったり、逆に相手の成長を導いてあげるようなものになってしまうのだと思います。

私の知っている校長は子どもの成長には「素直に叱られることが大切だ」と話されていました。

まあ、この辺りは人によって個人差があるかもしれませんね。
「叱る」に否定的なニュアンスを持っている方もおられますし。


ただ、叱らない子育てをした結果、荒れる子ども、引きこもり化してしまう子どもというのは確かにいます。
叱らないこどで自分を律することができなくなったり、却ってどうしていいかわからなくなったりして、ちょっとしたことで荒れたりふさぎ込んだりする子どもが増えてきているのです。
専門的な言い方をすれば、ソーシャルスキル(社会性)が低下しているということでしょうか

結果として、上手に周りと合わせられれず、ちょっとしたことでトラブルを起こしてしまい、生きるのが人一倍難しくなってしまう人がいるのです。

カウンセリングで「上司にはこういう風に言ったら通るよ」「友達にはこういう時はまずは断りなさい」と伝えると、「え、そんなやり方があるんですか?」とびっくりされる方がいます。普通なら知っていて当然のことを学んでいないために不適応を起こしてしまうケースがあるのです。当然ですが、こうしたケースは傾聴主体のカウンセリングでは効果はありません。

この記事を読んだ方は「いやいや、叱られ過ぎて逆に自信を失って、不適応を起こしてしまう人もいるんじゃないの?」という反論もあるかもしれません。

私から言わせれば。それは「叱る」のではなく、ただ「感情のままに怒った」だけだろうと思います。
もしくは、叱る中に相手を批判・非難するようなニュアンスがあったのだろうと思います。
「怒られ続ける」と人は自信を失くすか、逆に荒れてトラブルを起こし続けるようになります。

子育ての目標は子どもが「社会にしっかりと生きてい行けるように」していくことです。
その手段が「叱る」です。
日頃から「上手な叱り方」を意識していきたいものです。




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2014.04.18 Fri l 夫婦・親子・家族 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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