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リアキャリーさん、コメントありがとうございます。
ただ、リアキャリーさんが大丈夫でしたらですが、コメントのロックを外して投稿してくださると助かります。

リアキャリーさんの質問ですが、
「精神疾患とはまた違うのですが、何らかの原因で急な障害を受けてADL(日常生活動作)の能力が極端に低下した人に対する選択理論でのアプローチをよければ教えて下さい。
頸神経・胸神経などを障害されて四肢麻痺や対麻痺になってしまった人や難しい事例ではACAやPCA、MCAの障害により片麻痺だけでなく失語・失行・相貌失認や半側空間無視や半側身体失認といった失認など高次脳機能障害を伴う人を選択理論ではどう関わりますか?」
(わかりやすく記事を書くために、あえて質問事項を転載させていただきました。ご了承いただければ幸いです。)

ということですが、これらのケースは私はほとんど関わりがないので、私の経験からでお伝えすることはできません。グラッサー博士の事例や、選択理論の講演会や本に書かれていることを中心にお話ししたいと思います。


グラッサー博士は一時期、重度で体を動かすこともできない人が入院している病棟で勤務していたことがあります。

その時に他に人であれば「今日は調子はどうですか?」と聴くのですが、グラッサー博士は「今日は何を選択しますか?」と朝の回診の時に必ず聞いたそうです。

このことは選択理論的にはとても意味があることです。

なぜなら、人の欲求は行動を起こすことで初めて満たすことができるからです
そしてこれは「あなたは病人で障害を持っている人ではなく、あなたは普通の人と同じように自分で行動を選択することができる」という暗黙のメッセージも含まれています。

もちろん、彼らの場合はできることは限られていますが、それでも笑顔で過ごしたり、テレビを見たり、本を読んだり、誰かを話すなど、選択できることはあります。
今日一日気持ちよく過ごすために何ができるかを話し合っていくことは、彼等が責任を持って生きていくことを支えていくために必要なことだと選択理論では考えています。


また選択理論に限ったことではないのですが、目標を決めて取り組む際はできるだけ「今日達成する目標」を作っておくことが大切だと思います。
その時に、なかなか達成できない目標や具体的でないもの、わかりにくいものだと、取り組んでも達成感が湧かず、失敗感だけが募り、モチベーションが下がってくることにつながってきます。

つまり、目標を作るコツは「理解しやすいこと」「達成しやすいこと」「具体的であること」が大切です。
そして、できなかったところにだけ目を向けるのではなく、できたところや改善できるところに目を向けていくことが重要です。


以上が私の答えです。
能力が極端に低下したとしても、できる部分、伸ばせる部分に積極的に焦点を合わし、その人がどうすれば欲求を満たせるような選択をできるかを常に話し合うことが必要ではないかと思います。
それには周りの人の忍耐と根気のいる関わりが必要だと思います。

また、選択理論は関わりのヒントを提供するものです。リハビリや支援のプログラムや現場の作業療法士や理学療法士の分野ですが、そのためにはどう関わるか、相手の上質世界にどう入っていくかで効果が大きく変わります。


「あなたにはあなたらしい人生を歩む権利があるし、それを手に入れてほしいし、一緒に取り組ませてほしい。」というメッセージがその人を支える力となると思います。

※「あなたらしい」というのがカギです。


リアキャリーさんのヒントとなれば幸いです。


ちなみ以下の本は選択異論の教科書ともいえる本です。
選択理論の基礎概念や上述のグラッサー博士の例もたくさん出てきます。
よろしければ是非ご一読ください。



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2012.09.02 Sun l 選択理論 l コメント (2) トラックバック (0) l top
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コメント

Re: タイトルなし
ラングドンさん、コメントありがとうございます。

> 重度の障害のある人への「何を選択するか?」との問いかけは、症状に焦点を当てないという意味では精神や身体の障害にかかわらず基本的な対応は同じであると理解しました(違っていればご指摘下さい)。

その通りだと思います。
選択理論の基本は「症状に焦点を当てないこと」です。重度の障害を持っているからと言って、症状に焦点を当てた関わりをしてしまうと、つい「何とかしよう」と思ってしまい、結果として何も症状が好転しないということに対して、イライラや落ち込みなどを感じてしまうことになります。


> ただ、毎日「何を選択する?」と質問しても障害の受容過程による心理的な状態も関係してくると思うのですが、障害を受けたばかりのショック期やリハビリをする事での上質世界と現実との折り合いがつかなくて混乱期となりふさぎこんでしまった状態ではどのような選択理論的な関わり方が考えられますか?

上述の混乱期の場合では、ショックのあまりふさぎ込んだり、極度の落ち込みを示す場合もあります。それが病的なうつ症状に進展するケースでは精神科医からの薬の処方が必要になることもあります(自殺など命の危険がある場合ですが)。
ただ、選択理論的に言えばショックによる混乱はその人が選択したものであると考えています。つまり、ふさぎ込んでいる状態から立ち直るかどうかはその人が選択しないといけないことです。私たちが代わりにその状態を改善させていくことはできません

選択理論の関わり方の基本の一つに「相手の欲求を満たすお手伝いをする」「相手の欲求充足の邪魔をしないこと」があります。急に障害者になったということは力の欲求が満たされていない状態です。
となると、私たちにできることはその人の力の欲求充足を邪魔しないこと(具体的には批判、非難などを言ってしまう)、また欲求を満たすのをお手伝いすることではないかと思います。

例えば、話を聴くというのは実は力の欲求を満たすのにとても有効な方法の一つです。
また、ふさぎ込んでいる場合は、「これ以上、自分の価値が低くなるのを見たくないし、見せたくない」状態でるとも思います。その場合は、踏み込むことで欲求充足の邪魔をすることになるかもしれません。そっと見守りをすることが一つの選択肢としてあげられるのではないかと思います。

以上が私の答えです。少しはラングドンさんのヒントになりましたでしょうか?
2012.09.05 Wed l 田中勝悟. URL l 編集
重度の障害のある人への「何を選択するか?」との問いかけは、症状に焦点を当てないという意味では精神や身体の障害にかかわらず基本的な対応は同じであると理解しました(違っていればご指摘下さい)。
マヒによるADLに関する問題ならOTやPT、ウェルニッケ野やブローカ野の障害による失語ならST、社会資源に関する問題はCSWなどの医療のプロに任せるしかないが、そうでない一般人による関わりは日々の選択する権利があることをその人に伝え、支えになることで残存機能の低下・寝たきりを予防できるのではないかと感じました。
ただ、毎日「何を選択する?」と質問しても障害の受容過程による心理的な状態も関係してくると思うのですが、障害を受けたばかりのショック期やリハビリをする事での上質世界と現実との折り合いがつかなくて混乱期となりふさぎこんでしまった状態ではどのような選択理論的な関わり方が考えられますか?
2012.09.05 Wed l ラングドン. URL l 編集

 

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