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カウンセリングでは「治療構造」という枠があります。

枠と言っても料金、時間、場所、同じ人が話を聴くというカウンセリングのお約束みたいなものです。

具体的に言えば、カウンセリングルームという場所で、特定な時間(大体1回1時間程度)、そして料金(相場は5千円から1万円くらい)、そして特定のカウンセラーが話を聴くということです。

これらの要素が全てそろって初めてカウンセリングは成立します。
逆に言えば、これらのどれか一つが欠けていると、カウンセリングとは言えません。

※ そのため、行政が行っている無料の相談はカウンセリングではなく面談と呼ばれます。

こう考えるとカウンセリングとは一般的な悩み相談とは少し(いや、かなり)違っていると言えます。
話を聴いてもらうだけなのに、なぜ時間を決めて、しかもお金を払って、特定の場所でしないといけないのか。
一昔前と比べてだいぶ減りましたが、それでも「何でお金払ってまで相談しないといけないのか」と抵抗する人は少なくありません。

しかし、この「枠」は相談を訪れた人、つまりクライエントを守るためにとても大切なものだと私は考えています。

例えば、カウンセリングでは自身の内面をさらけ出してしまう場面が多々あります。
具体的な例を挙げれば、大切な人に対しての怒りの感情を示したり、今まで人に言えなかった思いやどうありたいかという願い、そしてそれらを表現したいけれどもどう表現したらいいのかわからにもどかしさ。
カウンセリングに訪れる人たちの大半は、何とかして表現したいけれど、どう表現したいのかわからないもどかしさや、これを口に出して周りから否定されたらという不安や恐怖を抱いています。

自分の大切なものほど、周りから傷つけられた時の衝撃は大きいものです。
そのため、たいていの人はそれを迂闊に表に出さないよう気を付けています。

それをいかにして表現していくかがカウンセリングであると思います。
逆に言えば、クライエントが傷ついてしまい、一生を台無しにする危険性もはらんでいます
そのため、私は簡単にカウンセリングを受けたらいいとはなかなか言えません。
(腕のいいカウンセラーにカウンセリングを受ける場合は別ですが)

そのため、カウンセリングを受けるということはクライエントとカウンセラー双方にそれなりの覚悟が必要なのではないかと思います。それを具体的に表したものが治療構造という「枠」です。

つまり・・・
① 時間を決め、その時間内で話を終わらせることで不必要に大切なものを表現しすぎてしまいクライエントが傷つくの防ぐことがある程度可能となります。

② 同じ場所に来ることで、カウンセリングを受ける動機、つまり「何を話して何を得たいか」を考えるきっかけを与えることになります。

③ 同じ人がカウンセリングをすることで、安心して自分の気持ちを表現することができます。

④ 料金が発生することで、漫然とカウンセリングが進んでしまい、お互いに何をしているのかわからなくなるという事態を防ぐことができます。つまり、カウンセラーとクライエント双方が目的意識を持ってカウンセリングに臨むことができます。クライエントが意味がないと判断すればカウンセリングを辞めるきっかけにもなります。

これらはカウンセリングがただ漠然と進むのではなく、お互いに適度に緊張した状態で目標に向かって一緒に進めるようになるため大切なものではないかと思われます。

そしてカウンセラーはどうすればクライエントが傷つかないように表現できるかを熟知しています。
カウンセリングルーム以外でクライエントと深い内面の話をすることがどれだけ危険か、少しでも傷が入れば一生をダメにしてしまうということを知っています。

しかし、日常生活のコミュニケーションを円滑にするだけなら、カウンセリングのスキルはとても使えることが多いです。話を聴いてもらえるという体験は人間の脳に快の作用を促す効果があることも実証されており(参照)、より良い人間関係を築いたり、そこから価値のある関わりをすることが可能です。


ただし、話を聴きすぎることは禁物だと思います。

適度に話を聴くことが大切です。






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2012.05.22 Tue l カウンセリング考察 l コメント (1) トラックバック (0) l top
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コメント

No title
治療構造について、ちょっと思ったことを書かせて頂きました。

具体的に言えば、カウンセリングルームという場所で、特定な時間(大体1回1時間程度)、そして料金(相場は5千円から1万円くらい)、そして特定のカウンセラーが話を聴くということです。
これらの要素が全てそろって初めてカウンセリングは成立します。
逆に言えば、これらのどれか一つが欠けていると、カウンセリングとは言えません。

>これはハードの面ですね。逆説的ですが、これらの条件がそろっていても、ソフト面が欠けているとそれはカウンセリングとは呼べないと思います。
ソフト面とは何か、それはセラピーがセラピーたる絶対条件だと思います。ハード面というのは絶対条件ではなく、十分条件にすぎない、と思っています。
絶対条件とは関係性含めた「中身」だと思っています。いかがでしょうか。

カウンセラーはどうすればクライエントが傷つかないように表現できるかを熟知しています。

>熟知していないと思うのですが…いかがでしょうか。
傷つきを重ねた人と何度も出会っています。
カウンセラー側が「傷つけないように」と思っていても、クライエントが「傷ついている」ということはあると思います。
人の「こころ」というのは勉強したり、経験を積んだだけで熟知できるような簡単なものではないと思っています。
2012.06.06 Wed l 通りすがり. URL l 編集

 

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