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心理カウンセラーの田中勝悟です。

今回は「甘やかし」と「支える」ことの違いについてです。

意外とこれらを混同している人は多いです。

例えば、あまり子どもを叱らないお父さんに対して「また主人は甘やかして。もっと厳しく怒ったらいいのに」と思ってしまったり、実際に言っているお母さん。結構多いんじゃないでしょうか?

また、発達障害の子供を受け持つ先生が、その子が暴れても優しく諭すように話すのを見て、「もっと厳しく叱ったら?」と考えてしまう同僚の先生。

周りから見れば、一見わがままな行動をとっていて、そのことを注意すればいいのに、それをせずにずっと話を聴いていたり、諭すように話している人を見ると「もっと怒らないと。甘やかすのはダメだ」と考えてしまう人は結構多いです。

その一方で、日本人の性なのか、困っている人を見るとすぐに手を差し出してしまいがちです。


ちなみに「甘やかし」とはその人が本来自分でしないといけない問題を肩代わりすることです

前にNHKで盲目の人が出ていましたが、その人が目の前のリンゴを取りたい時に、横にいる人がリンゴをとってくれるのではなく、「手をもっと下げて。もう少し右。あ、行き過ぎた左。そこだよ。」とどうすればリンゴが取れるか教えてもらった方が支援になると話されていました。

つまり、その人の代わりにリンゴをとろうとすることがすでに「甘やかし」となっていて、その人はそれを望んでいないんです。その人が望んでいるのは、リンゴが取れるように「支えてほしい」ということです。

「支える」ということはその人ができるように励まし、教えていくことです。それもその人が理解できるようなやり方で教えることが「支える」ということです。

日本人は困っている人を助けるという民族性のためか、つい問題を代わりに解決しようとしてしまう傾向があります。それを戒めるために「お節介」とい言葉ができたのではないかとつい考えてしまうほどです。

発達障害の子どもや精神疾患の人でも自分でやらないといけないことは当然あります。
例えば、身辺自立はもとより、いずれば一人で生きていけるようにしないといけません。
(もし難しければ行政の力を借りるということもできます)

だからこそ、自分でできるようになるために、最低限自分でできることは自分でさせないといけません。
「僕には無理だからできない」と言うからと、代わりに周りがしてあげると、その人は余計にできなくなってしまい、将来何もできなくなる可能性が高くなります。

大切なのは、自分のことは可能な範囲で自分でできるように支えてあげることです。
(「可能な範囲」というのが重要です。徐々にできるように支えていくことが大切です)

そのため、その人がどこまでならできるのだろうかを見極めながら、教えていく、支えていくことがとても必要なことだと思います。決して肩代わりしすぎないようにしてほしいと考えます。

肩代わりしないで、その人ができるように怒らないで忍耐強く教えていたり、関わっているのではあれば、それは「甘やかし」ではなく、立派な「支え」であると思います。


リアリティセラピー尼崎勉強会では、より良い支え方を一緒に学んでいます。
よろしければご参加ください。
ちなみに神戸勉強会は今週の8月12日日曜日です。

リアリティセラピー尼崎支部勉強会

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2012.08.04 Sat l 夫婦・親子・家族 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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